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岐阜地方裁判所 平成4年(行ウ)3号 判決

原告

長瀧久仁子

(ほか四名)

右五名訴訟代理人弁護士

原田彰好

在間正史

被告

岐阜県知事 梶原拓

右訴訟代理人弁護士

後藤真一

右指定代理人

鈴木拓児

山岸誠

中村敏雄

伊与田久

西尾一義

安藤正人

主文

一  原告長瀧久仁子及び同宮澤杉郎の被告に対する本件訴えのうち、被告が土地開発事業の適正化に関する指導要綱に基づきプロミネンス潮見開発株式会社に対してなした平成四年七月一八日付け土地開発協議の承認の取消しを求める部分をいずれも却下し、被告が森林法一〇条の二に基づきプロミネンス潮見開発株式会社に対してなした同日付け林地開発行為許可処分の取消しを求める部分をいずれも棄却する。

二  その余の原告らの被告に対する本件訴えをいずれも却下する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告が土地開発事業の適正化に関する指導要綱に基づきプロミネンス潮見開発株式会社に対してなした平成四年七月一八日付け土地開発協議の承認を取り消す。

二  被告が森林法一〇条の二に基づきプロミネンス潮見開発株式会社に対してなした平成四年七月一八日付け林地開発行為許可処分を取り消す。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、被告が、岐阜県加茂郡八百津町潮見地区所在の山林にゴルフ場(以下、右ゴルフ場を「本件ゴルフ場」といい、右ゴルフ場建設計画予定地を「本件ゴルフ場予定地」という。)の建設を計画しているプロミネンス潮見開発株式会社(以下「プロミネンス潮見開発」という。)に対し、(1)土地開発事業の適正化に関する指導要綱に基づき平成四年七月一八日付けで土地開発協議の承認(以下「本件土地開発協議の承認」という。)をし、(2)森林法一〇条の二に基づき同日付けで林地開発行為許可処分(以下「本件林地開発行為許可処分」という。)をしたところ、周辺に居住ないし立木を所有する原告らが、本件土地開発協議の承認と本件林地開発行為許可処分はいずれも違法であるとして、被告に対してその取消しを求めた、という事案である。

一  争いのない事実等

1  原告ら

原告長瀧久仁子(以下「原告長瀧」という。)は、岐阜県加茂郡八百津町潮見一〇二四番地の八所在の土地を賃借して農作業に利用し、別紙立木一覧表記載のとおり、同町潮見地区内の土地上に立木を所有している。

原告宮澤杉郎(以下「原告宮澤」という。)は、同町潮見四〇七番地所在の土地を所有し、同所で居住している。

原告前川幸雄(以下「原告前川」という。)、同佐伯昭二(以下「原告佐伯」という。)及び同松本秀夫(以下「原告松本」という。)は、いずれも別紙立木一覧表記載のとおり、同町潮見地区内の土地上に立木を所有している。

2  本件土地開発協議の承認に至る経緯

(一) 事前協議(広義)の概要

岐阜県では、県上の総合的かつ合理的な土地利用を推進し、地域の秩序ある発展を図るために、一ヘクタール以上の土地の開発について、事業者と被告との間で工事の着手前に協議をすることとし、本件のように当該開発区域の土地が国土利用計画法二三条の届出を要する場合には、土地取引等における事前指導要綱(以下「土地取引等指導要綱」という。)に基づく届出前協議を、右届出を要しない場合には、土地開発事業の適正化に関する指導要綱(以下「適正化指導要綱」という。)に基づく事前協議(狭義)をそれぞれ行うこととされている。

そして、いずれの協議を終えた後であっても、事業者は、適正化指導要綱に基づき、一定の場合を除き、工事を施行しようとするときは、あらかじめ、その計画及び設計の内容について、被告に協議(いわゆる開発協議)を求めるものとされている。

(二) 届出前協議

プロミネンス潮見開発は、昭和六三年一二月二一日、被告に対し、土地取引等指導要綱に基づき、本件ゴルフ場予定地について、土地取引等届出前協議の申請をした。

これを受けて、被告は、平成元年八月八日、プロミネンス潮見開発に対し、森林法一〇条の二に基づく許可の要件を満たす必要がある旨通知した。

そこで、プロミネンス潮見開発は、従前の事業計画に修正を加えた上、同月一八日、被告に対し、協議の申請をした。

そのため、被告は、プロミネンス潮見開発に対し、同年一〇月三〇日付けで、国土利用計画法二三条に基づく土地売買等届出書を提出することに差し支えがない旨通知した。

(三) 開発協議

プロミネンス潮見開発は、平成二年一二月二〇日、被告に対し、国土利用計画法二三条に基づく土地売買等届出書を提出し、平成三年五月七日、被告に対し、適正化指導要綱に基づき、岐阜県加茂郡八百津町潮見地区におけるゴルフ場の建設を目的とする土地開発事業について、土地開発協議の承認の申請をした。

これを受けて、被告は、プロミネンス潮見開発に対し、平成四年七月一八日付けで本件土地開発協議の承認をした。

3  本件林地開発行為許可処分に至る経緯

(一) 林地開発行為の許可の申請

プロミネンス潮見開発は、平成三年八月三一日、被告に対し、森林法一〇条の二に基づき、岐阜県加茂郡八百津町潮見地区におけるゴルフ場の建設を目的とする林地開発行為の許可の申請をした。

(二) 本件林地開発行為許可処分

右申請を受けて、被告は、プロミネンス潮見開発に対し、平成四年七月一八日付けで本件林地開発行為許可処分をした。

二  争点

1  本件土地開発協議の承認の処分性の有無

2  原告らの本件林地開発行為許可処分の取消しを求める原告適格の有無

3  本件林地開発行為許可処分の違法性の有無

三  争点に関する原告らの主張〔略〕

第三  当裁判所の判断

一  争点1(本件土地開発協議の承認の処分性の有無)について

原告らは、本件土地開発協議の承認は、許認可手続と一体となって、事業者の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものであるから、処分性を有し、取消訴訟の対象になると主張する。

しかし、取消訴訟の対象である「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法三条二項)とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうちで、その行為により直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうところ、本件土地開発協議における指導ないし要請は、開発が円滑に進行することを目的とする事実行為にすぎず、それ以上に、例えば本件土地開発協議の承認により事業者に対して林地開発行為許可の申請資格を付与するといった効果を生じるものではない。そうすると、本件土地開発協議の承認は、事業者を含め私人の権利義務関係に直接影響を及ぼす効果を有するものとは認められないから、取消訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当しない。

したがって、原告らの被告に対する本件訴えのうち、被告がプロミネンス潮見開発に対してなした本件土地開発協議の承認の取消しを求める部分は、いずれも不適法というべきである。

二  争点2(本件林地開発行為許可処分の取消しを求める原告適格の有無)について

1  行政処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」(行政事件訴訟法九条)とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうところ、法律上保護された利益があるというためには、当該処分の根拠となる行政法規が個々人の個別具体的な利益を保護することを目的としていると解することができる場合でなければならず、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課していると解される場合には、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の具体的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合でなければならないというべきである。

そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の具体的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨及び目的、当該行政法規が当該処分を通じて保護しようとしている利益の内容及び性質等を総合考慮して判断すべきである。

2  そこで、森林法一〇条の二に基づく林地開発行為許可処分の根拠となる森林法の諸規定について検討するのに、森林法は、森林計画、保安林その他の森林に関する基本的事項を定めて、森林の保続培養と森林生産力の増進とを図り、もって国土の保全と国民経済の発展とに資することを目的としている(一条)。そして、農林水産大臣は、林業基本法一〇条一項の基本計画及び長期の見通しに即し、かつ、保安施設の整備の状況等を勘案して、全国の森林につき、全国森林計画を立てるものとし(四条)、これを受けて、都道府県知事は、全国森林計画に即して、森林計画区別に、その森林計画区に係る民有林につき、地域森林計画を立てるものとし(五条)、地域森林計画の対象となっている民有林において開発行為をしようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならないものとしている(一〇条の二第一項)。このような森林法の目的、林地開発行為許可制度の趣旨等にかんがみると、森林法一〇条の二に基づく林地開発行為許可処分は、森林の保続培養及び森林生産力の増進という公共の利益の保護を目的としているものと解されなくもない。

しかし、他方、森林法一〇条の二第二項は、都道府県知事は、地域森林計画の対象となっている民有林における開発行為の許可の申請があった場合において、「当該開発行為をする森林の現に有する土地に関する災害の防止の機能からみて、当該開発行為により当該森林の周辺の地域において土砂の流出又は崩壊その他の災害を発生させるおそれがあること」(一号)、「当該開発行為をする森林の現に有する水害の防止の機能からみて、当該開発行為により当該機能に依存する地域における水害を発生させるおそれがあること」(一号の二)、「当該開発行為をする森林の現に有する水源のかん養の機能からみて、当該開発行為により当該機能に依存する地域における水の確保に著しい支障を及ぼすおそれがあること」(二号)、「当該開発行為をする森林の現に有する環境の保全の機能からみて、当該開発行為により当該森林の周辺の地域における環境を著しく悪化させるおそれがあること」(三号)のいずれにも該当しないと認めるときは、これを許可しなければならないと定めている。このように、森林法一〇条の二第二項一号、一号の二が、単なる一般的抽象的な災害の防止にとどまらず、具体的に特定された地域における災害又は水害の防止を林地開発行為の許可要件とする旨定めていることに加え、右の許可要件の審査に瑕疵があった場合には、土砂の流出又は崩壊、水害等の災害が生じる可能性があり、一たびこれらの災害が発生した場合には、当該森林に近接する住民であればあるほど被害を受ける蓋然性が高く、しかも、その程度はより直接的かつ重大なものとなり、その生命、身体等にかかわる直接的かつ重大な被害を受けることが想定されること、また、森林法一〇条の二第二項二号が、単なる一般的抽象的な水の確保にとどまらず、具体的に特定された地域における水の確保を林地開発行為の許可要件とする旨定めていることに加え、やはり右の許可要件の審査に瑕疵があった場合には、飲料水等の減少又は水源の枯渇等が生じる可能性があり、一たびこれらの事態が発生した場合には、当該森林へ水利用を依存する地域の住民であればあるほど被害を受ける蓋然性が高く、しかも、その程度はより直接的で、重大かつ深刻なものとなり、その生命、身体等にかかわる直接的かつ重大な被害を受けることが想定されることなどをも併せ考えると、森林法一〇条の二第二項一号、一号の二及び二号は、単に公衆の生命、身体の安全等を一般的公益として保護しようとするにとどまらず、当該森林の周辺に居住し、又は当該森林へ水利用を依存しているため、右災害若しくは水害の発生又は水の確保の著しい支障により、直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解するのが相当である。

3  そうすると、森林法一〇条の二第二項一号、一号の二又は二号の許可要件の適合性に関する審査に過誤があった場合に想定される土砂の流出若しくは崩壊その他の災害、水害又は水の確保の著しい支障により、直接的かつ重大な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者は、森林法一〇条の二に基づく林地開発行為許可処分の取消しを求める原告適格を有するものというべきである。

4  なお、原告らは、森林法一〇条の二第二項三号についても、周辺住民の個別具体的利益を保護する趣旨を含むものである旨主張する。

しかし、同号は、単に「環境を著しく悪化させるおそれがあること」と定めるにすぎず、これによって周辺住民が享受する利益は具体性に乏しいものといわざるを得ないし、また、森林法施行令二条の二の二によると、林地開発行為の許可は一定規模以上の開発行為について必要とされているのであって、周辺住民が享受することが想定される良好な環境という利益の性質にかんがみると、このような広範囲にわたる開発行為によって右利益を侵害される住民の範囲を特定ないし個別化することはおよそ困難であるというほかないから、同号が住民個々人の個別具体的利益を保護する趣旨を含むと解することはできない。

5  そこで、以下においては、右の見解に従って、原告らが、本件林地開発行為許可処分の取消しを求める原告適格を有するか否かについて判断することとする。

〔証拠略〕を総合すると、以下のとおりの事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一) 本件ゴルフ場予定地は、岐阜県加茂郡八百津町潮見に位置し、北西部は旅足川に、南東部は名場居川にそれぞれ近接している。本件ゴルフ場予定地は、北東部から南西部にかけて傾斜していて、標高が最も高い北東部において標高約七六〇メートル、最も低い南西部においては標高約五六〇メートルであり、この標高差は約二〇〇メートル、傾斜角度は平均約二〇度となっている。

(二) 本件ゴルフ場予定地の近くには、北東から南西に向かって二本の川が流れている。このうち、本件ゴルフ場予定地の北西側に沿って流れているのが旅足川であって、旅足川は、本件ゴルフ場予定地の南西方向約七〇〇メートルの位置の笹小屋地内において、蛇行しながら南方に流れを変え、最終的に木曽川に合流しているが、右の笹小屋地内は、原告長瀧及び宮澤が利用する予定の簡易水道の水源予定地となっている。他方、本件ゴルフ場予定地の南東側に沿って流れているのは名場居川の支流であり、名場居川は、本件ゴルフ場予定地の南方約二〇〇〇メートルの位置において、名場居川に合流し、これも最終的に木曽川に合流している。

(三) 原告長瀧は、本件ゴルフ場予定地の南方約一二〇〇メートルの位置にある標高約五三〇メートルの土地上に建物を賃借し、同建物に農機具及び肥料等を保管して、農作業の準備等に利用している。また、同原告は、別紙立木一覧表記載の土地上に立木を所有しているが、右の立木所有地は、本件ゴルフ場予定内にある。

原告宮澤は、本件ゴルフ場予定地の南南西の方向約三六〇〇メートルの位置に建物を所有し、同建物に居住して生活するとともに、本件ゴルフ場予定地の南方約八〇〇メートルの位置にある標高約五七〇メートルの土地を所有し、同土地を耕作地として利用し、農業を営んでいる。

原告前川、佐伯及び松本は、別紙立木一覧表記載の土地上にそれぞれ立木を所有しているが、右の立木所有地は、いずれも本件ゴルフ場予定地内にある。

6  右認定の事実、とりわけ本件ゴルフ場予定地は、原告長瀧及び宮澤が利用する予定の簡易水道の水源予定地である旅足川の上流付近に計画されていること、原告長瀧の農作業利用地及び原告宮澤の耕作地は、いずれも本件ゴルフ場予定地から約一〇〇〇メートル前後の位置に存在していることに加え、それぞれの土地の標高は、本件ゴルフ場予定地の標高のピークと約二〇〇メートルの標高差があることなどにかんがみると、原告長瀧及び宮澤については、本件林地開発行為許可処分の許可要件の適合性に関する審査に過誤があった場合に想定される土砂の流出若しくは崩壊その他の災害、水害又は水の確保の著しい支障により、直接的かつ重大な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住していることが認められるから、本件林地開発行為許可処分の取消しを求める原告適格を有するものというべきである。

しかし、他方、原告前川、佐伯及び松本については、このような災害等が想定される地域に居住しているものとは認められないばかりでなく、そもそも同原告らは本件ゴルフ場予定地内に立木を所有しているというにすぎず、しかも、右立木の購入代金及び維持管理費は、本件開発行為許可処分の取消しによって事業者が被ることが予想される損失に比べるとはるかに低廉であることは明らかというほかないから、右原告らの本件林地開発行為許可処分の取消しを求める原告適格は、到底これを肯定することができない。

7  なお、被告は、原告長瀧の農作業利用地及び原告宮澤の耕作地は、いずれも本件ゴルフ場予定地との間に標高の高い尾根があり、また、本件ゴルフ場予定地に係る旅足川、名場居川の支流の水系とは別の支流域にあるから、本件開発行為により、仮に土砂崩れや溢水、河川の汚濁や水量の減少があったとしても、被害を受けるものではないと主張する。

しかしながら、被告の右主張は、原告長瀧及び宮澤が利用予定の簡易水道の水源予定地の上流に本件ゴルフ場予定地が計画されているため、飲料水及び生活用水の汚染又は枯渇のおそれがあり得ること、本件ゴルフ場予定地の標高のピークが標高約七六〇メートルであり、原告長瀧の農作業利用地及び原告宮澤の耕作地の標高が右のピークと約二〇〇メートルの標高差があること、一般に、ゴルフ場造成による森林の減少で土地の保水力が低下し、河川の直接流出量が増加して、洪水という形になって多大な被害を及ぼすことを併せ考えると、原告長瀧及び宮澤が、本件開発行為により被害を受けるものではないとは一概にいうことができないから、採用することはできない。

三  争点3(本件林地開発行為許可処分の違法性の有無)について

1  林地開発行為許可基準違反について

(一) 前記争いのない事実に、〔証拠略〕を総合すると、以下のとおりの事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(1) 森林法一〇条の二に基づく林地開発行為の許可要件の審査については、「森林法及び森林組合合併助成法の一部を改正する法律の施行について(開発行為の許可制及び伐採の届出制関係)」(昭和四九年一〇月三一日付け四九林野企第八二号、農林事務次官から各都道府県知事あて)添付の別紙「開発行為の許可基準の運用について」(以下「運用基準」という。)及び「開発行為の許可基準の運用細則について」(昭和四九年一〇月三一日付け四九林野治第二五二一号、林野庁長官から各都道府県知事あて)添付の別紙「開発行為の許可基準の運用細則について」(以下「運用細則」という。)が定められている。

そして、森林法一〇条の二第二項一号の許可要件について、開発行為が原則として原地形にそって行われること及び開発行為による土砂の移動量が必要最小限であることが明らかであること、切土又は盛土等を行う場合には、法面の安定ないし保護の措置が講ぜられることが明らかであること、災害が発生するおそれがある場合には、必要に応じて排水施設や洪水調整池等の設置その他の措置が適切に講ぜられることが明らかであることなどの要件を満たすか否かにつき審査して判断するものとされているが(運用基準第3の2)、具体的には、〈1〉土砂の移動量が必要最小限であるというためには、ゴルフ場の造成に係る切土量、盛土量はそれぞれ一八ホール当たりおおむね二〇〇万立方メートル以下であることを要し(運用細則8)、〈2〉切土又は盛土等を行う場合に、法面の安定の措置が講ぜられているというためには、土砂の切土高が一〇メートルを超える場合には、原則として高さ五メートルないし一〇メートル毎に小段が設置されるなどの措置が講ぜられること、盛土高がおおむね一・五メートルを超える場合には、勾配が三五度以下であること、盛土高が五メートルを超える場合には、原則として五メートル毎に小段が設置されるなどの措置が講ぜられていることなどを要する(運用細則9)ほか、必要に応じて相当程度の強度を有する擁壁等を設置するなどの措置が講ぜられていることを要し(運用細則10、11)、〈3〉切土又は盛土等を行う場合に、法面の保護の措置が講ぜられているといえるためには、植生による保護(実播工、伏工、筋工、植栽工等)や人工材料による適切な保護(吹付工、張工、法枠工、棚工、網工等)が行われるものであることを要し(運用細則12)、〈4〉災害が発生するおそれがある場合に必要とされる排水施設の設置が適切なものであるというためには、所定の計算要領により算出される流量に照らし、排水施設の断面は、計画流量の排水が可能になるように余裕をみて定められ、かつ、排水施設は、ます又はマンホールの設置等の措置が講ぜられていることを要し(運用細則14)、〈5〉災害が発生するおそれがある場合に必要とされる洪水調整池等の設置が適切なものであるというためには、沈砂池の容量が一ヘクタール当たり一年間におおむね二〇〇立方メートルないし四〇〇立方メートルを標準とする開発行為の施行期間中における流出土砂量を貯砂しうるものであり、かつ、その設置箇所は、極力土砂の流出地点に近接した位置であることを要する(運用細則13)とされている。

また、森林法一〇条の二第二項一号の二の許可要件については、当該開発行為に伴い増加するピーク流量を安全に流下させることができないことにより水害が発生するおそれがある場合には、洪水調整池の設置その他の措置が適切に講ぜられることが明らかであることなどの要件を満たすか否かにつき審査して判断するものとされているが(運用基準第3の3)、具体的には、開発行為をする森林の下流においてピーク流量を安全に流下させることができない地点が生ずる場合には、当該地点での三〇年確率で想定される雨量強度及び当該地点において安全に流下させることができるピーク流量に対応する雨量強度における開発中及び開発後のピーク流量を開発前のピーク流量以下までに調節できるものであることなどを要する(運用細則17)とされている。

さらに、森林法一〇条の二第二項二号の許可要件については、必要な水量を確保するため必要があるときには、貯水池又は導水路の設置その他の措置が適切に講ぜられることが明らかであること、水質の悪化を防止する必要がある場合には、沈砂池の設置、森林の残置その他の措置が適切に講ぜられることが明らかであることの要件を満たすか否かにつき審査して判断するものとされている(運用基準第3の4)。

最後に、森林法一〇条の二第二項三号の許可要件については、当該開発行為に係る事業の目的、態様、周辺における土地利用の実態等に応じ相当面積の森林又は緑地の残置又は造成が適切に行われることが明らかであることなどの要件を満たすか否かにつき審査して判断するものとされ(運用基準第3の5)、具体的には、相当面積の森林又は緑地の残置が適切に行われたといえるためには、開発行為の目的がゴルフ場の造成である場合には、森林率はおおむね五〇パーセント以上(残置森林率おおむね四〇パーセント以上)であり、かつ、原則として、周辺部及びホール間に幅おおむね三〇メートル以上の残置森林又は造成森林(残置森林は原則としておおむね二〇メートル以上)を配置することを要するものとされている(運用細則19)。

(2) 被告は、平成三年八月三一日、プロミネンス潮見開発から、森林法一〇条の二に基づき、岐阜県加茂郡八百津町潮見地区におけるゴルフ場の建設を目的とする林地開発行為の許可の申請がなされたため、森林法一〇条の二第二項各号の許可要件の審査をした。

その際、被告は、森林法一〇条の二第二項一号の許可要件について、〈1〉本件ゴルフ場の造成に係る切土量、盛土量は、それぞれ一八ホール当たり約一七二万立方メートルであり、土砂の移動量は必要最小限であるといえること、〈2〉切土法面の勾配は最高が三三・六九度であり、盛土法面の勾配は最高が二九・〇五度であるところ、切土法面、盛土法面とも、直高五メートルごとに幅二メートルの小段が設けられ、小段が三段以上連続する場合には、三段目の小段の幅が五メートルとされているほか、必要に応じて一ないし五メートル高のブロック積擁壁が設置されているなど、法面の安定の措置は講ぜられているものといえること、〈3〉法面には樹木が植栽されるほか、張り芝、種子吹き付け、法枠工が設置されているなど、法面の保護の措置が講ぜられているものといえること、〈4〉所定の計算要領別により、雨水流出量と排水流量が算出され、排水施設は、雨水流出量の二培の排水流量に耐え得る能力を持つとされているほか、排水施設の構造は、管渠、U字型側溝が敷設されるなどして、流水を調整池に流すというものであり、災害が発生するおそれがある場合に必要とされる排水施設の設置は適切なものであるといえること、〈5〉本件ゴルフ場の造成に際しては、八基の沈砂池兼洪水調整池が池の工事に先行して設置されることとなっており、各池の容量は、所定の計算要領により、本件開発行為が完了した後の計算上の流出土砂量三万〇五四一立方メートルに対し、約一・二二倍の三万七三三二立方メートルの沈砂容量を有し、開発工事中の流出土砂量にも対応し得るものとなっており、かつ、各池の位置は、土砂の流出地点に近接しているなど、災害が発生するおそれがある場合に必要とされる洪水調整池等の設置が適切なものであるといえることなどから、同号の許可要件を満たすものと判断した。

また、森林法一〇条の二第二項一号の二の許可要件については、八基の沈砂池兼洪水調整池は、所定の計算要領により、それぞれ計算上必要な容量三万二九四六立方メートルに対し、約一・二四倍の四万〇九二五立方メートルの容量を有するなど、当該開発行為に伴い増加するピーク流量を安全に流下させるための措置が適切に講ぜられるものといえることなどから、同号の許可要件を満たすものと判断した。

さらに、森林法一〇条の二第二項二号の許可要件については、水源の調査をした上、一〇〇メートル以上の深井戸方法で取水することにより、水道管を敷設して潮見地区内の三〇戸の住宅、潮見小学校及び潮南保育園へ給水されることとなっており、また、農業用水も、一〇〇トン程度の容量を有する貯水槽を設置して給水が確保されることとなっており、必要な水量を確保するための貯水池の設置等の措置が適切に講ぜられているといえることなどから、同号の許可要件を満たすものと判断した。

最後に、森林法一〇条の二第二項第三号の許可要件については、現況森林面積一一四・四九二四ヘクタールのうち、約五四・二パーセントに当たる六二・〇六三七ヘクタールを森林として残置されるほか、九・三ヘクタールの森林が造成されることとなっており、要するに、残置森林面積の事業区域内の森林面積に対する割合は、五〇パーセント以上になること、また、外周に沿った部分及びホール間の部分は、幅二〇メートル以上の樹林地が残置又は造成され、適切に森林が配置されることになっており、相当面積の森林又は緑地の残置又は造成が適切に行われるといえることなどから、同号の許可要件を満たすものと判断した。

(3) 被告は、右審査の結果、本件林地開発行為の許可申請が運用基準及び運用細則にすべて適合していたことから、プロミネンス潮見開発に対し、平成四年七月一八日付けで本件林地開発行為許可処分をした。

(二) ところで、森林法一〇条の二第二項は、都道府県知事は、林地開発行為の許可の申請があった場合において、次の各号のいずれにも該当しないと認めるときは、これを許可しなければならないと規定し、一号、一号の二、二号及び三号の各要件を設けている。このように、森林法が右各号の要件について抽象的な許可基準を設定するにとどめているのは、林地開発行為に伴う各種の被害発生の危険性を判断するに当たっては、開発行為の対象となる森林の植生、地形、地質、土壌、湧水の状態等の自然的条件だけでなく、土地の形質を変更する行為の態様、防災施設の設置計画の内容等の社会的条件に加え、周辺地域における人口の分布、水利用の実態等の生活的条件を多角的かつ総合的に検討することを要し、しかも、右検討においては、地質学、土木工学又は治山技術等の多方面にわたる最新の科学的かつ専門技術的な高度の知見が不可欠と考えられることから、右許可要件について法律であらかじめ具体的かつ詳細に定めておくことは、かえって実態に適合しない不合理な結論に達するおそれがあるとともに、判断の硬直化を招くことが避けられず、適切でないとする趣旨によるものと解される。そうすると、森林法は、右許可要件の審査基準の具体的な内容については、下位の法令及び内規等で定めることとし、その具体的な運用については、行政庁の専門技術的裁量に委ねたものと解するのが相当である。

これらの点を考慮すると、林地開発行為許可処分の取消訴訟における裁判所の審理ないし判断は、行政庁である被告の専門技術的判断に不合理な点があるか否かの観点からなされるべきであって、林地開発行為許可処分が、現在の科学技術水準に照らし、右審査に用いられた具体的な審査基準に不合理な点があり、あるいは、行政庁である被告の判断過程に看過し難い過誤又は欠落がある場合には、林地開発行為許可処分に違法性が認められ、裁判所はこれを取り消さなければならないと解するのが相当である。

(三) そこで、右のような観点から、本件林地開発行為許可処分の違法性の有無について検討するに、前記認定の事実によると、被告は、プロミネンス潮見開発から、本件林地開発行為の許可の申請がなされたため、運用基準及び運用細則に照らし、右許可申請が森林法一〇条の二第二項各号のいずれにも該当しないかどうか審査したところ、いずれにも該当しないと認めた結果、本件林地開発行為許可処分をしたものであるが、右審査に用いられた具体的な審査基準に不合理な点があるとは認められず、また、右審査の過程をみても、土砂の移動量、法面の安定ないし保護の措置、排水施設及び沈砂池の設置、調整池兼沈砂池の調整容量、飲料水等の供給設備の設置、水質等の調査、残置森林の確保及び景観の維持の各点について、提出に係る基礎資料に虚偽又は重大な過誤があるとか、各種資料に対する検討の方法や検討の結果得られた処置方法が著しく不合理であるとまでは認められないから、原告らがるる主張するところを十分考慮しても、被告の判断過程に看過し難い過誤又は欠落があるとはいえない。

この点、原告らは、本件ゴルフ場の開発による災害及び水害を防止するため、洪水調整池の堰堤の安全性が確保されなければならないところ、堰堤ダムの中には、右安全性の検討に必要な地質調査が十分になされていないものがある旨主張する。しかし、右検討に必要な地質調査がどの程度であれば十分であるかは、現地の地形的特徴、表層地盤の土質、岩質、地質構造等の状況、設置に係る構造物の規模、機能、重要度等により、一概にいうことはできないばかりか、本件洪水調整池の堰堤に流入する水路と安易に比較することはできないから、原告らの右主張はにわかに首肯することができない。

また、原告らは、本件開発行為により、飲料水等の減少が懸念されるとともに、水質汚染のおそれが非常に高い旨主張するが、本件全証拠によっても、これらのおそれが現実化することを認めるに足りる証拠はない。

(四) なお、原告らは、本件ゴルフ場に大量に散布される農薬は、大気を汚染するとともに、本件ゴルフ場の生態系を破壊するから、森林法一〇条の二第二項三号の許可基準に違反する旨主張するが、同号については、周辺住民個々の人の個別的利益を保護する趣旨を含むものと解することができないことは、既に述べたとおりであるから、原告らの右違法事由の主張は、自己の法律上の利益と無関係な違法をいうものにすぎず、採用できない。

2  プロミネンス潮見開発の信用及び資力の欠如について

原告らは、プロミネンス潮見開発には本件開発行為をする信用及び資力が欠如していたことは明らかであるから、本件林地開発行為許可処分は、開発許可の要件として、申請者に開発行為を行うために必要な信用及び資力があることが明らかであることを求めた運用基準又は運用細則に反し、違法であると主張する。

しかしながら、そもそも申請者に開発行為を行うために必要な信用及び資力があることは、森林法一〇条の二に基づく林地開発行為許可処分の許可要件とはされていないのであるから、原告らの右主張は採用できない。

3  開発許可手続違反について

原告らは、(1)立木権者である原告長瀧、前川、佐伯及び松本の同意を得ておらず、かつ、今後も同原告らの同意を得られる見込みはないから、開発許可の要件として、開発行為に係る森林につき開発行為の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を申請者が得ていることが明らかであることを求めた運用基準又は運用細則に反し、違法である。また、(2)本件林地開発行為許可の申請が、八百津町を通じて岐阜県に進達されるに際し、前町長の受託収賄という違法行為が介在しているから、前町長の内容虚偽の意見書が付されたという手続上の瑕疵があり、本件林地開発行為許可処分も、右瑕疵を受け継ぎ、違法であるなどとも主張する。

しかしながら、右(1)の点については、そもそも立木権者の同意の獲得は、森林法一〇条の二に基づく林地開発行為許可処分の許可要件とされていないことはいうまでもないし、また、右(2)の点については、本件全証拠によっても、前町長の受託収賄が本件林地開発行為許可処分を違法にするだけの事情は何らうかがわれないから、原告らの右各主張はいずれも採用できない。

四  結論

よって、原告長瀧久仁子及び同宮澤杉郎の被告に対する本件訴えのうち、本件土地開発協議の承認の取消しを求める部分はいずれも不適法であるからこれを却下し、本件林地開発行為許可処分の取消しを求める部分はいずれも理由がないからこれを棄却し、その余の原告らの被告に対する本件訴えはいずれも不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法六一条を適用しても主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菅英昇 裁判官 倉澤千巌 中川博文)

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